事例インタビュー

手書き文化の業界で一歩ずつデジタル化 若者・女性も働きたくなる新しい鮮魚店の形

株式会社イズミダ

常務取締役 出水田 一生さん

卸売業業務プロセスの効率化新しい事業・サービスの創出

Q1.事業内容および、DX実践のきっかけを教えてください。

弊社は昭和49年創業の鮮魚店で、創業者である祖父が自転車の荷台に魚を積んで売ってまわったことが始まりです。学校や病院、飲食店への鮮魚の卸しに加えて、近年は店舗での販売、干物や加工品の製造やインターネット通販、食堂の経営などを行っています。
私は家業を継ぐつもりはなく福岡の大学に通っていましたが、父の病気をきっかけに帰郷し三代目として働いています。当初ほぼ家族経営だったこともあり、365日休みが無いような状態でした。
特に事務や経理を行う母の負担は大きく、月末に1人でバタバタしていたので 、私が家業に戻ってきてからまずは事務や経理を覚えようと思いました。
そこで「紙のやりとりの多さ」を知りました。例えば、病院からの発注書には「魚を切り身で何kg、骨無しで何g」など患者さんのために栄養計算された内容が細かく書かれています。
それを母親が紙に手書きでまとめ、その紙を現場に貼り、それを見た現場の人が仕入れ、捌き、翌朝納品するという流れです。非効率的な上に発注漏れが発生したこともありました。

扱うのが鮮魚なので、前日までに注文を確定させ、朝市場で買ってくる必要があり、発注が漏れたら間に合わなくなるのです。なので「手書きをやめて表計算ソフトに入力しよう」が最初のDXのきっかけです。手書きより早く、ミスも減り、事務員さんも出来るので母の負担が軽減出来ると考えました。
また、市場でのやりとりは手が濡れることもあったり、読み取るのが難しいくらいの手書きだったり、競りではいくらで落としたかをその場でメモしないといけなくて。業界的にどうしても手書きの文化が残ってはいるんです。でもそれをまとめるのは同時編集出来る「表計算ソフトのGoogleスプレッドシート」にして、移動中のフェリーなどどこでも作業出来るようにしていこうと思いました。

 

納品書などは紙と手書きのものが今も届く

Q2.複数のITツールを導入するまでの流れを教えてください。

「卸業一本」だった所から、小売と加工品製造、食堂と、新規事業を始めるタイミングに合わせて新たなツールを試していきました。
経理・事務作業の効率化とペーパーレス化のためにGoogleスプレッドシートを使用し、有限会社から株式会社に変更するタイミングで「クラウド会計ソフトのマネーフォワード」を使い始めました。このソフトウェアは付属機能でタイムカードや給料計算も出来るのでそちらも活用しています。もともと加工場の車庫だった場所を改装した小売店ではAirレジを導入しました。
商品製造と食堂の事業はあまりDXとは関わっていないですが、食堂のスタッフ間でのコミュニケーションにはLINEWORKSを、メニューや原価などの共有にはGoogleスプレッドシートを導入しています。
「今まで使い慣れていたツールを変える」という作業ではなく、新しいツールを覚えることになるので、比較的スムーズにいっているように思います。使っていくうちに、使い勝手のもっといいものがあれば変更。ただ、あまり闇雲にツールを変えすぎるとその都度スタッフの負担になることもあります。ついていけなくなると非効率になりDXの意味がありません。あくまでも使っているスタッフの声を聞きながら、ツールをアップデートさせています。

 

Q3.DX実践にあたって、苦労された点や工夫した点はありますか?

鮮魚店は家族経営が多く、水産業界は高齢化しています。
世代が違うとITリテラシーも違い、DXへの理解が難しい事もあると思います。弊社も元は年配の人ばかりでしたが、小売店や、加工品、オンラインショッピング、食堂を始める流れの中で変わりました。私が戻った頃から若い人が多くなり、ITリテラシーの高さを感じます。タイピングも私より早いんですよ。
その都度試行錯誤はしますが、比較的スムーズにデジタル化出来ている方だと思います。どちらかと言うと大変だったのは「ツールの選定」です。ITツールは基本自分で調べますが、同世代の経営者や知り合いに教えていただくことも多いです。というのも、大学から戻った当時「魚だけに染まりたくない」との思いから、異業種交流会に参加していて。企業規模も業種も違う面白い人達と今も情報を交換し、ツールを実際に使った「生の声」を聞くようにしています。
専門家に相談することも出来るのですが、1人の専門家の声より、多くの生の声を聞き、自分の会社に合いそうなものを探します。合わないツールでDXを推進して、逆に非効率的になっては意味がないので。
今はツールの多くに無料のトライアルがあるので「試してみて、使いにくかったら変える」がコストをかけずに出来るので助かっています。また、講演などで話を聞かせていただくと、DX推進課など専門部署がある大きい会社ほど意見がまとまりにくいようです。
加えて決定権が経営者にあるため、DX推進のハードルが高いのではないかと感じました。弊社は少人数なのと、決定権がDX推進担当者である私にあったので進め易かったところもあります。
そのあたりもふまえて、DXを検討している中小企業の担当者の方々にお伝え出来るのポイントは3つ。「IT知識が豊富じゃなくても出来る」「コストをかけずに試せるツールが沢山ある」「情報収集が重要である」です。

Q4.DX実践によってどのような変化がありましたか?

経理や会計など業務の効率化はもちろんですが、1番大きな変化は「会社のイメージ」かなと思います。旧来の鮮魚店のイメージから、活気があって開かれたイメージをもってもらえるようになったことで、卸業だけをしていた頃は接点の無かったお客様が来てくれるようになりました。
さらにDXについての講演に呼ばれたり、地元の女子校で商品開発の授業を受け持ったり、母校で仕事についての講演もさせていただきました。また「人材確保」の面にも変化を感じます。
業界的に男性率と高齢化率が高めですが、弊社は小売をはじめた頃から女性や若い世代が多く働いてくれるようになりました。
お店があることで外から入りやすくなったのと、店内の雰囲気、ユニフォーム、webサイト、SNSなど、若い世代の目にふれる部分をきちんと整える「ブランディング」を意識してきました。
すべてはDXにより業務効率化を図り、新規事業をスタート出来たことで、会社のイメージが変わったことが大きいと思います。
そして、業務の効率化から生まれる精神的な余裕はもちろんですが、「職場の環境や働き方を変えることが出来る雰囲気」が会社の中で育ってきたことも、DXを推進してきた中で感じる目に見えない変化の1つです。非効率なことがあったらどんどん変えていく「変化への耐性」が出来てきたのかなと感じます。

 

小売店の入り口を飾る暖簾は、デザインをリニューアルしたロゴ入り

Q5.今後DX化したいことは?また、会社のこれからの展開をどうお考えですか?

現状はECサイトの受発注や発送の対応を任せる専属のスタッフがおらず、自分が1人でやっている状態です。今は他社サイトへの卸しがメインですが、ゆくゆくは自社のECサイトで加工品の販売をもっと伸ばしたいと思っています。
もし今、DXを実践せず「卸業一本」のままだったら大変だったと思います。そもそも漁獲量も消費量も減っていて、天然の魚がとれなくなって「40年後は寿司のネタが消える」という話も耳にしたことがあります。
だから例えば市場目利き体験や、セリの見学、親子で魚捌き体験といった、魚にまつわる「教育」や「体験」など「魚を仕入れないビジネス」も視野に入れています。
職場環境を整えることも、将来のビジョンも、通常業務に追われながらでは考えられなかったと思います。